23 2014

琉球王も賞賛した反面、戦争の悲しい歴史が残る景観地    沖縄県恩納村 万座毛(まんざもう)

3連休最終日の沖縄より おはようございます~


連休の初日は、残念なお天気でしたが、そのおかげ?で、増税前にお気に入りのサングラスを新調いたしました
太陽の照り返しのきつい沖縄では、サングラスは必需品 σ(*▽‐▽*)
増税前にいい買い物が出来ちゃいました♪

さて今日は、朝からお仕事ですので、出勤前に日記を予約投稿していきましょう
今日の日記は、沖縄中部に広がる景観地での撮影日記です



【 撮影日 2014.3.16   沖縄県恩納村 万座毛(まんざもう) 】



久しぶりに晴天に恵まれた沖縄のソラ
こういう日は、アオゾラとちゅら海がとっても綺麗に写るので、朝早く出かけることに

那覇市から車でおよそ1時間弱・・・ついたのは・・・


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アオゾラに広がる大草原
しかし、ここは景観地の入り口に過ぎません


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訪れる観光客達もその絶景にカメラのシャッターを切っていく沖縄中部を代表する景観地万座毛(まんざもう)です


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万座毛(まんざもう)の呼び名の由来は、18世紀初頭の琉球王であった尚敬(しょう・けい)が、この地を訪れたときに万人を座するに足る毛(原っぱ)と称讃したことが由来だそうです

意外と知っていてそうで知らないことなのですが、観光客の皆さんは、万座毛といえば・・・


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隆起サンゴの断崖で出来たこの象の鼻のような岩場のことだと思っていますが、実は・・・


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象の鼻の岩場の上に広がる「毛(もう:沖縄の言葉で原っぱという意味)」のことを「万座毛(まんざもう)」といいます


万座毛は、隆起サンゴが波の浸食によって、長い年月をかけて出来上がった自然の産物です


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いまでも東シナからの荒波を受けて、現在進行中で侵食が進んでいるそうです


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撮影スポットから見下ろせば・・・


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吸い込まれるほどに美しいエメラルドグリーンのちゅら海が広がります
しかし、断崖絶壁なので・・・


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足元には、十分注意をしてください

そして、隆起サンゴの上に広がる広大な天然芝を中心とした植物群落は、県の天然記念物に指定されています


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ちなみにこのパイナップルみたいな木の実は、「アダン」といって、パイナップルとはぜんぜん違いますので、採って食べてもおいしくはないですよ

そんな大自然に暮らしているのは・・・


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沖縄を代表する野鳥「イソヒヨドリ」です
沖縄では、スズメやカラスなんかよりも圧倒的にこのイソヒヨドリと遭遇することができちゃいます


琉球王も絶賛した景観地「万座毛(まんざもう)」ですが、訪れる皆さんにもうひとつ知っていただきたいのは、この万座毛もまた沖縄戦の悲惨な歴史が残る場所なのです



それは当時戦火に追われた住民が集団自決のために万座毛の絶壁から飛び降りたという歴史です



終戦後になっても、アメリカ統治時代の際には、中華人民共和国、北ベトナム、北朝鮮の放送を受信するために米国国務省所管の放送局基地として使用され、無数のアンテナが建っていたそうです


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日本に返還され、今日では多くの観光客が訪れる人気の観光地になり、多くの楽しい声が響き渡ります

しかし、一部の心無い観光客の中には、万座毛の象の鼻ぎりぎりまで近寄って記念撮影をする人もいます

美しい風景なのは、わかりますが・・・ちょっと立ち止まってください


その場所は、沖縄戦で、銃撃や砲撃の雨の中、必死で逃げて・・・逃げて・・・とうとう逃げ場を失い、最後に自分達の未来を断ち切るしか選択肢が残っていなかった住民達が悲しみの中で見た最後のセカイなんだと・・・


戦争も終わり、平和になった今だからこそ、絶景を楽しんでほしいと思うと共に過去に悲惨な歴史が残っているということを、皆さんにもっともっと知ってほしいと感じた万座毛(まんざもう)でのお話でした


琉球王も賞賛した絶景と沖縄戦の悲惨な歴史と歴史の明暗が残る万座毛の写真、もし気に入っていただければ、下のブログランキングをぽちっとクリックしてもらえたら、嬉しい限りです

最後に悲しい文章になってしまったことをお詫びします
それでも、最後まで読んでいただいた読者の皆様 本当にありがとうございました
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8 Comments

あられ  

戦争の歴史

万座毛で琉球王国時代 男女が集まってお祭り?というか歌ったり踊ったりしていた場所だと聞いたことがあります。

戦争中は
沖縄のあちこちで
海に飛び込み自決したした方々がいらっしゃるんですよね

私の父はサイパン島生まれなんですが、ガラパンという町で住んでいた日本人の多くがやはり海に飛び込み自決したので、初めて沖縄に行って
平和の礎のあたりの景色を見たとき、「サイパンに似てる」と思いました。

繰り返してはいけない歴史ですね。

それにしても海の色がきれいすぎるぅ~♪

2014/03/23 (Sun) 19:37 | EDIT | REPLY |   

ぽてとぉ~  

あられさん いつもコメントありがとうございます

綺麗な海が広がる沖縄ですが、その影には、悲しい戦争の歴史が眠っている場所でもあります

平和になったこれからは、多くの観光客の方達に沖縄の歴史と美しい風景を楽しんでほしいと願っています

2014/03/24 (Mon) 12:48 | EDIT | REPLY |   

匿名希望  

去年の、4月に沖縄に行ってきました。
万座毛には、もう行きたくないです。
視ては無いですが、少し感じました。
きっと、無念の死を遂げた人が集まって来ちゃったのかな?

ひめゆりの塔にも行きました。
沖縄戦の事が、分かってきました。

これからも、色々と調べていきたいです。

2014/10/03 (Fri) 17:38 | EDIT | REPLY |   

ぽてとぉ~  

匿名希望さん コメントありがとうございました


沖縄戦の歴史は、わたしたちが思っている以上に悲惨な出来事だと感じます

平和記念公園にある展示物の光景が二度と起きない事を願うばかりです

2014/10/06 (Mon) 09:28 | EDIT | REPLY |   

-  

沖縄の人間です。
万座毛は戦時中に身を投げたと言う話は聞いたことがありません。
沖縄で地上戦で激戦を極め、多くの人が亡くなったのは南部ではないのですか?
断崖から身を投げたのも南部の話だと、今までずっと思っておりました。
詳しく教えて頂けたら幸いです。

2015/01/12 (Mon) 22:04 | EDIT | REPLY |   

ぽてとぉ~  

- -さん コメントありがとうございます

沖縄戦の激戦区は、本陣が敷かれた豊見城の海軍司令部壕のある那覇から南部といわれていますが、米軍の最初の上陸地は、万座毛のすぐ南に位置する読谷村(残波岬)からはじまり、そこから北部や中南部へと進撃してきております


わたしの聞いたお話は、万座毛のある恩名村にいる海人のおじぃから聞いたお話です

おじぃのおとうさんは、戦時中、沖縄中部に住んでいましたが戦火の拡大と共に逃げていく際に、米軍につかまるくらいなら、潔く自決したほうがいいといわれ、今の万座毛周辺(恩納村西海岸)へと集団自決に行く途中、怖くて家族の手を引いて逃げてきたと語っていただきました

そんな話を聞いたからこそ、沖縄の景観を撮る際は、マナーを守り、礼に反しないようにわたしは撮影しています

観光で来るときは、その美しい光景に目を奪われてしまいますが、そういった歴史も知っていてほしいとわたしは願っています


追伸、沖縄戦の詳細は、「沖縄戦概説」で調べていただければ、米軍の上陸から、展開、日本軍の攻防戦などの詳細が記されていますので、参考にしていただければ幸いです

2015/01/13 (Tue) 14:49 | EDIT | REPLY |   

ゆうこ  

初めまして。
今年初めて沖縄一人旅をし、旅行初日である7月5日に初めて万座毛に訪れました。
恥ずかしながら沖縄の歴史に詳しくなく、万座毛にこのような過去があるなど知らず、旅行初日で浮かれてしまいました・・
こちらのブログを拝見し、もっと歴史を知ってから訪れるべきだったと反省しました。

これからもブログを読ませて頂きたいと思いましたので、情報や写真など楽しみにしております(*^_^*)

2015/07/17 (Fri) 02:00 | EDIT | REPLY |   

ぽてとぉ~  

ゆうこさん コメントありがとうございました

今では人気の観光地となっている南国沖縄ですが、第二次世界大戦時、沖縄戦によって多くの命が失われた地になっています

歴史を知ることも大切ですが、何よりもせっかくの旅行

一生の思い出になるくらい楽しんでほしいと私は思っています

2015/07/19 (Sun) 15:39 | EDIT | REPLY |   

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